2026年2月1日
物価は上がり、暮らしは苦しくなっている。�けれど政治の言葉は、どこか遠い。�この違和感こそ、今回の選挙の本質です。
朝から夜まで、駅前、住宅街、団地の前で演説を続けています。�のどは楽器のように酷使され、それでも私は数字と事実をもとに語る。
総務省の統計では、2020年以降、食料品価格は平均で約20%近く上昇。�電気代は一時、前年比30%を超えた時期もありました。�実質賃金は伸び悩み、家計は圧迫されたままです。
これは感覚ではなく、現実です。
しかし、街と住宅地では反応が違う。�駅前では無関心というより、日々の生活や仕事にそれどころじゃない人々。�住宅地では「生活が苦しい」という声。
この差に、私は強い衝撃を受けています。
日本は戦後、焼け野原から高度経済成長を経て、1964年の東京オリンピック、バブル経済、そして失われた30年を経験しました。
今、再び大きな分岐点に立っています。
東京の家賃はワンルームで平均8万円台。�都内の新築マンション平均価格は1億円に迫る水準。
�一方、非正規雇用は約4割。
この数字が示すのは「成長」ではなく「分断」です。
各政党や候補者は立派な政策を掲げます。�防衛費、社会保障、減税、給付、再開発。
けれど、その負担は誰が背負うのか。�その恩恵は誰に届くのか。
高所得層に有利な税制。�再開発で上がる地価と追い出される住民。�補助金や事業が特定の層に偏る現実。
不公平は、抽象論ではありません。�日々の生活に直結しています。
さらに、昔から付き合いのある国会議員や秘書から届く全国各地の候補者や政党の得票率など内部データ。
またXやSNS上では、リアルに出ているデータと各候補者や各政党ファンなどの乖離する投稿も正直に言葉が出ない。
�そして現場で見る各候補の動き。
そこにある温度差。�必死さの違い。�本気で生活を見ているかどうかの差。
その違和感が、今回ほど強い選挙はありません。
政治のプロは安定を求める。�けれど住民は、生きることに必死です。
物価高。�教育費。�医療費。�老後不安。
この重さを、肌で感じているかどうか。そこに大きな隔たりがあります。
私はこれまで四半世紀の間、知事選、衆参選、都議選、地方選挙に関わってきました。�けれど今回ほど「世の中とのギャップ」を感じる選挙はありません。
数字は伸びても、縮んでも暮らしは伸びない。�政策は並んでも、安心は並ばない。
この現実を、誤魔化してはいけない。
与党大政党の方々には、選挙はお祭り事で有るのかも知れませんが、私はそれだけではあってはならいないと思います。�日本の未来を決める、静かな分岐点です。
声が枯れても構わない。�事実と夢、希望を語り続けます。
なぜなら、政治の役割は「都合のよい物語」ではなく、�「不都合な現実」を直視することと「人々に指し示す夢や希望をお話し出来る時」でもあるからです。